日野山を詠んだ短歌や俳句を紹介します 

 「仰ぎみる日野のたけ 朝光(あさかげ)匂ひ さわやかに緑なる 風こそ渡れ」

(大空を仰ぎみると,日野山が朝日に輝きながら荘厳な姿を見せ,さわやかでみずみずしい風が渡っていくことだ)

 本校の校歌の1番の冒頭です。越前富士とも呼ばれる日野山は,古来より今に至るまで,この地の人々に愛されています。そこで,今回は,日野山にちなむ短歌や俳句を紹介します。

 

 「ここにかく 日野の杉むら 埋む雪 小塩の松に 今日やまがえる」  紫式部

(ここ越前の国府に,このように日野山の杉むらを埋める雪は,都で見た小塩山の松に,今日は見間違えることです)  

 恋人を都に残して,父の任地である武生に住んだ作者は,都が恋しくてたまらなかったのでしょう。

 

 「明日の月 雨占なはん 比那が嶽」 松尾芭蕉

(明日の晩は,雨になるのか,月は見えるのか。比那が嶽(日野山)の晴れ具合でそれを予想してみよう。なにしろ,「北国日和定めなき」で,北陸地方の秋の天気の変わりやすさは油断ならないのである)

 「おくのほそ道」の旅の途中,敦賀で中秋の名月を見たいと思いながら武生を通った際の句です。日野山はその形が  雛人形に似ているため「雛が岳」とも呼ばれていたようです。結局,敦賀ではあいにくの雨にたたられ,「名月や北国日和定めなき」の句が「おくのほそ道」に入れられました。(日野山の句は,残念ながら入っていません)

 

 「われも見る 源氏の作者 をさなくて 父とながめし 越前の山」  与謝野晶子

 歌の意味は省略します。紫式部の歌をもとに,夫である与謝野鉄幹と武生を訪れた際に詠んだ歌です。作者は日野川沿いや味真野地区等を巡り,武生にまつわる歌を多く残しています。

 

 写真は本日(12月17日),本校の屋上から撮影した日野山です。